
千葉県旭市で代々農業を営む加瀬農園。現在、5代目として畑に立つ加瀬慶則さんは、父の代から続く有機的な管理を受け継ぎ、農薬や化学肥料に頼らない野菜づくりに取り組んでいます。
その始まりは、今から約35年前。まだ有機農業という言葉が一般的ではなかった時代に、加瀬さんの父が「食で体は変えられるのではないか」と考えたことがきっかけでした。
150年ほど前、先代たちが木を切り、土地を開拓し、農業を始めたという加瀬農園。その歴史の中で育まれてきた土、家族で守ってきた畑、そして次世代へ残したい環境への想いについて、5代目の加瀬慶則さんにお話を伺いました。
約150年続く農家の5代目として
――加瀬農園のルーツについて教えてください。
「うちの父が4代目で、僕が5代目です。1代を30年と考えると、だいたい150年くらい前から農業を続けていることになります。千葉県旭市のこの土地に先代たちが来て、木を切って開拓し、農業を始めたという話を聞いています」
代々受け継がれてきた農地。その中で大きな転機となったのが、4代目である加瀬さんの父が始めた有機的な農業でした。
「父が35年前から、農薬や化学肥料を使わない農業を始めました。そこから僕が、有機農業の2代目として農業をしている、というのが加瀬農園の流れです」

有機農業の始まりは、家族の健康を思う気持ちから
――当時、有機農業に取り組む農家は少なかったのでしょうか。
「少なかったですね。父が始めた頃は、有機農業をやっている農家は千葉県でも数えるほど、全国でも本当に少ない時代だったと思います」
では、なぜその時代に有機農業を始めたのか。その背景には、加瀬さん自身の体調がありました。
「僕は小さい頃、アトピー性皮膚炎があったんです。父はそれを、食で改善できないかと考えたみたいです。小さい頃に、食で体が変わるという内容の本を見せられた記憶があります。父はそこから有機農業に興味を持ち、始めたようです」
農業の技術としてだけではなく、家族の健康を思う気持ちから始まった加瀬農園の有機農業。35年という年月を経て、その取り組みは現在の畑へとつながっています。
「有機だから正しい」ではなく、食を支える農業として考える
――加瀬さんにとって、有機農業とはどのようなものですか。
「昔は、有機ではないものは悪い、農薬を使うことは悪い、という考えが自分の中にありました。でも、大人になって農業を続けていく中で、今は考え方が変わってきました」
加瀬さんは、有機農業を続ける一方で、一般的なスーパーに並ぶ慣行栽培の野菜の大切さも感じていると話します。
「スーパーで売られている慣行栽培の野菜は、ものすごく大事です。それがないと、みんなに食が行き渡らない。有機農業は、農薬を使わない野菜を求めている一部の人たちに向けて、安全でおいしい野菜を届けたいという気持ちでやっています」
有機農業を特別視しすぎるのではなく、食を支える農業全体の中で、自分たちにできる役割を果たす。その姿勢に、加瀬さんの現在地が表れています。

季節に逆らわず、旬に合った野菜を育てる
――主に栽培している野菜を教えてください。
「有機農業は、農薬や化学肥料が使えません。だから、日本の四季に合わせて、その季節に合った野菜をつくることがベースになります。季節の力を利用しながら、薬を使わなくても育てやすい野菜を1年通して作っていくという考え方です」
春はキャベツ、夏はトウモロコシ、秋は里芋、冬は大根やニンジン。加瀬農園では、季節ごとの気候や畑の状態に合わせて、さまざまな野菜を育てています。
――その中でも、加瀬農園の一押しはありますか。
「うちはメインがニンジン農家です。できれば1年中ニンジンを持っていられるようにしたいのですが、夏場はどうしても作れない時期があります。だから、貯蔵したり冷蔵庫を活用したりして、できるだけ安定して供給できるようにしています」
加瀬農園にとって、ニンジンは看板ともいえる野菜。旬の力を生かしながら、必要な時期に届けられるよう工夫を重ねています。

家族と仲間で支える、加瀬農園の日々
――現在の農園のメンバー構成を教えてください。
「家族では、父、母、妻、僕がいます。それに加えて、外国人の従業員が5人います」
家族を中心に、従業員とともに畑を支える加瀬農園。日々の仕事は朝早くから始まります。
――1日の仕事は何時頃から始まるのでしょうか。
「朝7時から始まります。終わる時間は日によって違って、夕方4時や5時で終わる時もあれば、6時、7時になる時もあります。今は一番忙しい時期なので、毎日夕方6時くらいまで作業しています」
天候や季節、出荷の状況によって変わる農園の仕事。自然を相手にするからこそ、毎日同じようには進みません。

35年かけて育った土が、おいしい野菜をつくる
――加瀬農園として、今一番大事にしていることは何ですか。
「父が35年かけて作ってくれた土があります。その土で、おいしい野菜ができるようになりました。それを少しでも多くの人に食べてもらいたいと思っています」
加瀬さんは、ただ規模を広げるだけではなく、毎年研究を重ねながら、もっとおいしい野菜を作りたいと考えています。
「もっとやったら、もっとおいしい野菜が作れるんじゃないか。そう思って、毎年毎年、研究しながらやっています」

土は“ぬか床”のように熟成していく
――土は、代を重ねないとなかなか成熟しないものなのでしょうか。
「父がよく言っているのですが、土はぬか床と一緒なんです。熟成されてくると、おいしい野菜ができるようになる」
加瀬さんがそのことを強く実感したのは、自分で初めて借りた畑で農業をした時でした。
「僕が初めて農業をやった時に借りた畑と、父が20年くらい作ってきた畑では、差がすごく出ました。初めて借りた畑では、病気や虫のオンパレードでした。でも父が作ってきた畑では、虫も出ない、病気にもならない、そしておいしい。1年目の畑と20年目の畑で、ここまで違うのかと衝撃を受けました」
土づくりは、一年で完成するものではありません。時間をかけ、手をかけ、微生物が働きやすい環境を整える。その積み重ねが、野菜の味や強さにつながっていきます。

バクテリアが働く土づくり
――加瀬農園の土づくりでは、どのようなことを大切にしていますか。
「土はバクテリアが大事です。バクテリアが土を分解してくれて、その分解された養分を野菜の根が吸います。バクテリアが多ければ多いほど、土はふかふかになり、栄養も増えていく。バクテリアがいることで、野菜は育つんだと知りました」
加瀬農園では、微生物が働きやすい環境をつくるために、堆肥やもみ殻、炭素資材などを土に入れているといいます。
「僕たちは、バクテリアを増やしてあげる作業をしているだけです。そうすると、自然と野菜はおいしくなっていく。うちはそういうやり方でやっています」
人が野菜を無理に育てるのではなく、土の中の生きものが働ける環境を整える。加瀬農園の野菜づくりは、目に見えない土の世界を大切にするところから始まっています。

食べてくれる人へ。「もっとおいしい野菜を作っていきたい」
――加瀬農園の野菜を食べている方へ、メッセージをお願いします。
「うちの野菜を買ってもらって、本当にありがとうございます。これからも、もっとおいしい野菜を作っていこうと思っていますし、作っていける自信もあります。これからも加瀬農園を応援してもらえたら助かります」
35年かけて育ててきた土と、そこから生まれる野菜。加瀬さんの言葉には、農園を支えてくれる人たちへの感謝と、これからの野菜づくりへの確かな手応えが込められていました。

自然と共に生き、次世代に残せる環境をつくる
加瀬さんが最近、特に考えていることがあります。それは「自然と共にあること」、そして「次世代に残せる環境をつくること」です。
「自分たちは自然の中にいて、その一部として野菜ができたり、生活ができたりしています。自分だけじゃないんです。これからは、周りのことも考えないといけない。環境という言い方になると思うのですが、次世代に残せるような環境づくりをしていくことも、自分たちの仕事だと思っています」
自分だけが良ければいいのではない。農業を通して、家族、地域、食べる人、そして未来の子どもたちに何を残せるのか。加瀬さんは、そこに向き合い続けています。
「自分だけハッピーになればいい、というだけではだめだなと最近感じています。みんなでハッピーになるためにはどうしたらいいのか。これからどんどん考えていかないと、自分の子どもたちにかわいそうなことになってしまう。最近は、ずっとそのことを考えています」

畑を耕すことは、未来を耕すこと
加瀬農園の野菜づくりは、単に農薬や化学肥料を使わないというだけではありません。
150年続く農家の歴史。35年かけて育ててきた土。家族の健康を思う気持ち。微生物が働く豊かな土づくり。そして、自然と共に生き、次世代へ環境を残したいという想い。
そのすべてが、加瀬農園の野菜には詰まっています。
今日も畑では、土の中の小さな命が働き、季節に合った野菜が育っています。加瀬慶則さんが目指すのは、食べる人に喜ばれ、作る人も誇りを持てて、未来の子どもたちにもつながっていく農業です。
「自然と共に」。その言葉の奥に、加瀬農園がこれからも守り、育てていきたい農業の姿がありました。
